人の心を開かれる主の御業 使徒の働き16:13~15、25~34

福音が語られると、聖霊の働きと主の御業によって、新たに救われる人々が起こされる。「福音はユダヤ人をはじめギリシャ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。」(ローマ1:16)。“どのようにして救われるか”は、人それぞれ異なる。 今朝は使徒の働き16章に登場するルデヤと牢獄の看守、および賀川豊彦の事例から「人の心を開かれる主の御業」について学びたい。

 ルデヤは神を敬う人であって、川岸で祈るのが習慣だった。パウロがそこで福音を語った時、主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに心を留めるようにされたので、ルデヤは主イエスを信じることができた。

 一方、看守は牢獄に入れたパウロとシラスや他の囚人たちが逃げないように厳重に番をしていた時、突然、大地震が起こって、牢獄の土台が揺れ動き、すべての囚人の鎖が外れてしまった。目を覚ました看守は、牢の扉が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとした。看守が囚人を逃がしてしまうことは、死をも覚悟しなければならない大失態であった。それを見たパウロが大声で「自害してはいけない。私たちは皆ここにいる。」と叫んだ。すると、看守は牢に駆け込み、震えながらパウロとシラスの前にひれ伏し、二人を外に出して、「先生方、救われるためには何をしなければなりませんか。」と言った(使徒16:30)。

 この時、看守は真剣に救いを求めた。二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒16:31)そして、看守とその家の者全員が主イエスを信じ、バプテスマを受けた。

 ところで、賀川豊彦は日本の生んだ世界的伝道者であり、極度に貧しい貧民窟の人々を助け、福祉活動や社会運動を全国的に展開し、「キリストの愛の実践者」と呼ばれ、1955年にノーベル平和賞の候補になった人である。彼は、運送業を営む父賀川順一とその妾(芸者)かめとの間で生まれた。父の死後、徳島の本家に引き取られたが、妾の子と言って、皆からいじめられた。しかし、彼は成績が優秀で旧制中学に入学し、成績もトップであった。彼の学費を兄の端一が支払ってくれたが、父親譲りの好色で、芸者と遊び、家の財産を食いつぶし、会社は倒産した。そのために豊彦の学費は全く支払えなくなってしまった。彼が悲嘆にくれている時、彼に聖書を教えていたアメリカの宣教師マヤス博士が、泣きぬれた顔をした豊彦に、「涙を乾かして、太陽を仰ぐのです。泣いている目には、太陽も泣いて見え、微笑む目には、太陽も笑って見えるのです。」と言った。すると彼の心が再び喜びで輝きだすのを感じた。彼にはこのような偉大な師がいた。

 また、彼には森茂という良き信仰の友がいた。彼が落ち込んでいる時、聖書マタイの福音書6:27~32を教えてくれた。その御ことばが彼の心に響き、『こんなみじめな境遇の自分をも、神様は顧みて下さるのだ。明日炉に投げ入れられる野の草をも神様がお守りになるなら、この自分がこの世に生を受けた意味もきっとあるに違いない。』と思うようになり、心は平安で満たされた。彼は明治37年(1904年)16歳の時、イエス・キリストを信じ、全生涯をキリストに捧げて生きる決心をした。そして恩師のマヤス氏から洗礼を受けた。

 以上3名の信仰の証を見てきたが、3人とも異なる方法で救われた。人は主なる神が準備された、固有の救われ方がある。しかし、その方法が異なっても、真心から福音を聴くなら主なる神はその心を開き、救いに導いて下さるのです。それゆえ、皆さんも大切な人のために熱心に祈り続けましょう。   (牧師:北林行雄記)

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