主のことばの権威 マタイの福音書8:5~13

 主イエス・キリストの教えは権威があり、様々な病気を癒し、悪霊を追い出されたので、名声が高まり、いつも主の周りには多くの人々が集まって来ました。主イエスがカペナウムに入られると、ひとりの百人隊長が御許に来て、自分の僕を癒して欲しいと懇願しました。百人隊長とは百人から成る部隊の隊長であり、ローマ軍の中軸で、非常に優秀な軍人でした。また、この百人隊長は異邦人(ユダヤ人以外の民)でしたが、ユダヤ人のために会堂を建て、ユダヤ人社会では評判が高かったのです(ルカ7:5)。

 主イエスは百人隊長に「行って、直してあげよう。」と言われました。ところが、彼は、「主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば私のしもべは癒されます。」と答えました。折角イエス様が来てくださるというのに、なぜ百人隊長はそれを断り、おことばを下さいと言ったのでしょうか。それは、百人隊長自身が実際に体験した”上に立つ者の権威”の力と、主イエスに対する篤い信仰があったからです。

 つまり、彼には多くの部下がいて、彼らに言葉をもって命令を下すと、部下はその命令に忠実に従う。まして、主イエスは自分たちをはるかに超えた偉大な方なので、おことばを頂くだけで、”主のことばの権威”によって、そのしもべは必ず治ると確信していました。主イエスはこのことを聞かれ、「まことに、あなたがたに告げます。わたしはイスラエルのうちのだれにも、このような信仰を見たことがない。」と百人隊長の信仰を絶賛されました。

そして、主イエスは百人隊長に「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように」と言われました。すると、ちょうどその時、そのしもべは癒されました。

 それでは、主イエスの御ことばの権威”がどれだけ大きいか考えてみましょう。ヨハネの福音書14:10で、主イエスは「わたしがあなたがたに言うことばは、わたしが自分から話しているのではありません。わたしの内におられる父(父なる、天地万物の創造主)がご自分のわざをしておられるのです。」と言われました。また、主イエスはご自分のことを「わたしは道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6)と紹介されました。つまり、主イエスは神の御子であり、主イエスの御ことばは意義深く、完全なもので、その権威は絶大です。

 ところで、百人隊長は直接イエス様に懇願することができましたが、今日の私たちは肉眼で直接主イエスを見ることができません。しかし、感謝なことに、信仰を持って、主イエスの御名によって祈ることによって、私たちの思いと願いをアピールすることができます。そうすれば、主は生きて働かれる神ですから、私たちの祈りに、確かに答えてくださることを実感できます。それゆえ、皆さん、いつも心砕かれて、主イエスの御名によって祈りましょう。「信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。」(ヤコブ5:15)。 (牧師:北林行雄記)

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